経営陣が勘違いする「社員満足度向上策」 知っておきたい4つの誤解

「給与を上げれば社員は定着するに違いない」
「福利厚生を充実させて会社への満足度は高めよう」
「働きやすい環境を整えれば、社員のモチベーションも上がるはず」

こうした声を経営陣から聞いたことがある人事担当者は少なくないでしょう。社員の満足度をめぐる施策には、経営陣が善意で実行しているにもかかわらず効果が薄く、逆効果になりかねない典型的な誤解がいくつも存在するのです。本記事で、その代表的なギャップを整理していきましょう。
目次

【誤解1】給与を上げれば、満足度は上がる

最も根強く、経営陣が飛びつきやすいのが「待遇を良くすれば社員は満足する」という発想です。しかし、この発想自体は完全に誤りではありません。実際、厚生労働省は「令和5年版 労働経済の分析」において、以下のように分析しています。

個人の幸福度の変化をみると、年収が増加するほど、幸福度が向上した者の割合が高まっており、年収の増加は、個人の主観的な幸福度をも高める可能性がある。

(引用:厚生労働省「令和5年版 労働経済の分析 -持続的な賃上げに向けて-」第Ⅱ部第2章第1節 賃上げによる企業や労働者への好影響

このように、賃金と満足度の間に一定の関係があることは政府データでも裏付けられています。しかし、問題はこの関係を「賃金さえ上げれば十分」と単純に読み替えてしまう点にあります。

厚生労働省は、「仕事の要求度 ‐ 資源モデル(Job Demands-Resources model、JD-Rモデル)」令和元年版の同白書で以下のように述べています。

仕事の資源が豊富にあると、仕事の要求度の高さにかかわらず、 ワーク・エンゲイジメントが高まることが指摘されている。

(引用:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部第3章ワーク・エンゲイジメントに着目した「働きがい」をめぐる現状について

ここでいう「仕事の資源」として、上司や同僚からのサポートに仕事の裁量権、パフォーマンスへのフィードバック、コーチング、トレーニングの機会などが挙げられます(参考:同上)。つまり、政府が採用する枠組みにおいても、エンゲージメントを直接押し上げる主要な要因として明示的に位置づけられているのは、賃金そのものでなく日々のマネジメントの質や裁量の与え方なのです。

実際の現場を見てみると、昇給を実施した直後は一時的に満足度が上がるでしょう。しかし、上司のサポートや裁量権が変わらなければ、数か月後には元に戻ることも多いのではないでしょうか。待遇改善はあくまで土台を整える施策であり、それ自体がエンゲージメントを高める施策ではないのです。

さらに、福利厚生の拡充には副作用も。向上施策の対象にならない社員が不公平感を抱く可能性があり、必ずしも組織全体の納得感につながらない点にも注意が必要です。

【誤解2】満足度の高い社員はエンゲージメントも高い

従業員満足度と従業員エンゲージメントの違いも、必ず整理すべき項目です。

従業員満足度とは、給与、福利厚生、労働環境、人間関係など、会社が提供する環境に対する社員の評価を指します。

その代表的な定義として、組織コンサルティングで知られる米Gallupは、従業員エンゲージメントを次のように定義しています。

Employee engagement is the involvement and enthusiasm of employees in their work and workplace.
(従業員エンゲージメントとは、従業員が仕事や職場に対して示す主体的関与と熱意(enthusiasm)である)

(引用:GALLUP Employee Engagement vs. Employee Satisfaction and Organizational Culture」)※日本語訳は編集部による

つまり、エンゲージメントで重視されるのは「会社から何を与えられているか」ではなく、「社員自身が仕事にどう向き合っているか」という点です。

先述したGallupのJim Harter博士も、以下のように指摘しています。

Creating an engaged workplace culture — one that attracts talent and wins customers — isn’t about keeping employees happy.
(優秀な人材を引きつけ、顧客を獲得するようなエンゲージメントの高い職場文化を創出することは、単に従業員を幸せにすることではありません)

(引用:同上)※日本語訳は編集部による

つまり、単なる満足感や幸福感だけを測定しても、会社が最終的に目指すビジネスの成果につながらない可能性があるのです。

【誤解3】管理職がうまくマネジメントできている

経営陣は「現場のマネジメントはうまくいっている」と楽観視しがちですが、これも根拠に乏しい思い込みであることが多いのではないでしょうか。

大手人材会社の調査機関による調査では、以下のような結果が出ています。

・管理職の47.8%は“自己・他己ともに低評価”の認識。課長級の2人に1人以上は低評価認識

(引用:マイナビキャリアリサーチLab「管理職のキャリア意識と昇進意欲に関する調査2025年版」

管理職自身が自信を持てていない状況で、部下に自信を持って接することができるのでしょうか。

人事評価の納得感についても、同様の乖離が見られます。人事データ分析を専門とする研究機関の調査では、部下側の評価への納得感には以下の要素が強く影響することが示唆されています。しかし、これらは上司側の自己認識だけで把握しきれるものではありません

・業務支援:設定した目標にあった支援を受けられている
・上司からのフィードバック:最終的な評価結果について、上司から丁寧にフィードバックを受けられていると感じる
・評価項目の適切感:評価項目は適切だと感じる
・報酬の連動感:自身の評価結果に見合った昇給・降給(給与の上げ下げ)があると感じる

(引用:カオナビHRテクノロジー総研「評価の『納得感』を軸に見る人事評価をめぐる上司と部下の認識差」

さらに注意したいのが、経営陣が管理職の評価をする際、しばしば「業績を出しているかどうか」だけで判断されがちであるという点です。

部下の納得感を左右するのはプロセスへの丁寧さであり、業績とは別の軸で評価すべき能力です。「あの部長は数字を作れるから優秀」という評価だけで判断してしまうと、現場との溝はむしろ深まるおそれがあるのです。

【誤解4】満足度向上策は「コスト」であり、業績とは無関係だと考える

満足度・エンゲージメント向上策を単なる福利厚生費やイベント費用として捉え、業績とは切り離して考える経営陣もいます。

しかし、これを覆すべきデータがすでに政策文書レベルで存在します。経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」に採用された人材サービス大手と慶應義塾大学の共同研究において、以下の結果が発表されています。

① エンゲージメントスコアが高い企業は、翌年の売上/利益の伸びが大きくなる。
② エンゲージメントスコアが低いほど利益の伸長率の「バラつき」が大きく、高まるにつれて利益の伸長率の「バラつき」が小さくなる傾向が見られた。

(引用:株式会社リンクアンドモチベーション・慶應義塾大学ビジネス・スクール岩本研究室「エンゲージメントと企業業績に関する共同研究」

つまり、エンゲージメントストアの向上は比較的短期間で業績に寄与することがわかってきたのです。また、エンゲージメントスコアが高まるほど、その効力も大きくなります。政府の政策文書に採用されている点からも重く受け止めるべきではないでしょうか。

それでもなお、満足度向上策を「削りやすい予算」として扱う経営陣が多いのは、投資対効果を測る仕組みそのものが社内に存在しないからでしょう。人事部門がこの因果関係を業績データと接続して示せるかどうかが、次の予算折衝の分かれ目です。

まとめ人事担当者ができること

これらの誤解に共通するのは、「経営陣の善意」と「現場の実態」の間にある距離です。人事担当者はこの距離を感覚論ではなくデータで埋める翻訳者の役割を担うべきです。

具体的には、次のような動きが有効でしょう。

  • 待遇改善は土台であって動機付けではないことを共有する
  • 満足度とエンゲージメントを分けて計測し、両方の変化を報告する
  • 管理職の自己評価と部下評価のギャップを可視化し、育成計画に反映する
  • 満足度向上策を業績指標と関連づけて示し、コストではなく投資として位置づける

経営陣の熱意そのものは貴重な資源です。ただし、その熱意が正しい方向に向かうかどうかは、人事担当者が確かなデータと現場の声を経営陣に届けられるかにかかっています。

  1. 厚生労働省「令和5年版 労働経済の分析 -持続的な賃上げに向けて-」第Ⅱ部第2章第1節 賃上げによる企業や労働者への好影響
  2. 厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」第Ⅱ部第3章ワーク・エンゲイジメントに着目した「働きがい」をめぐる現状について
  3. GALLUP Employee Engagement vs. Employee Satisfaction and Organizational Culture
  4. マイナビキャリアリサーチLab「管理職のキャリア意識と昇進意欲に関する調査2025年版」
  5. カオナビHRテクノロジー総研「評価の『納得感』を軸に見る人事評価をめぐる上司と部下の認識差」
  6. 株式会社リンクアンドモチベーション・慶應義塾大学ビジネス・スクール岩本研究室「エンゲージメントと企業業績に関する共同研究」

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